全てに寛容な日本人 世界はグローバル vs非グローバルが先鋭化

日本人は何事にも寛容で穏やかな民族性を持っている。

日本人は他の国に比べると圧倒的に他文化や宗教に対しての寛容さを持ち合わせており、それが大陸の文明を取り入れて上手く日本流に変化させる事を可能にしたとも言える。

寛容である事は日本人が世界に誇れる民族性だが、最近の国内、国際情勢を鑑みるとその穏やかな国民性というよりも、政治や社会情勢に興味を持たないがゆえに声を上げるべきところで黙っている国民が増えていると思う。

世界は、「超格差社会」の矛盾に震えている「グローバル vs.非グローバル」が先鋭化 東洋経済 2015年01月11日

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移民は「災いの種」?

寛容さで知られるオランダやデンマークでさえ、移民を災いの種だと声高に非難する政党への支持が増えつつある。

シンガポールは国民のほぼすべてが移民の子孫だが、極小野党が人々の移民への不満をかき立てて勢いを得ている。

経済状況が厳しくなる中、自分の仕事を守るのは、誰にとっても重大だ。

しかし、地方在住でティーパーティを支持する中年白人の米国人が、メキシコからやってきた貧しい移民のせいで生活を脅かされることは、ほとんどない。

移民排斥感情は、右派か左派かという従来からの壁を超え広がっている。

ティーパーティやUKIPの支持者と、低賃金の外国人に仕事を奪われると心底恐れている労働者には、共通点がある。それは、移動性が高まり、超国家的な組織が出現し、グローバルにネットワーク化する世界で、自分は置き去りにされるのではないか、という不安だ。

右派の側では、保守政党への支持が、移民や超国家的な組織が好都合なビジネス界と、これらを脅威だと感じる人々とに分裂している。だからこそ英国の保守党は、UKIPを非常に恐れている。

左派の側では、人種差別や不寛容に反対する人たちと、英国生まれの労働者階級の雇用を守り「連帯」を維持しようとする人たちとで、意見が割れている。

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民族、宗教、文化的なアイデンティティに、変化が生じつつある。しかしそれは移民が原因というより、グローバル化した資本主義の発展が主因である。

日本の右派は移民を積極的に受け入れ、企業が利益を生み出しやすい環境作りに熱心だ。

彼らにとっての移民は低賃金でこき使える労働力である。

無論、この移民の活用によって一定割合の企業やその管理職にある者たちは利益を享受する事が出来る。

大企業の管理職にある者が移民労働者と職を奪い合う事は少なく、移民と職を奪い合うのは概ね単純労働者である。

一方で、左派は多文化共棲をうたい日本人の民族性を消し去る事に熱心だが、右派も左派も移民の受け入れに熱心である点では共通している。

奴隷として受け入れるのか、共棲者として受け入れるのかの違いである。

引用の記事でもヨーロッパやシンガポールの例を出して移民政策の失敗に触れているが、この手の問題点は紙媒体やネットで一通りの情報収集を行えば誰でも得られる情報だ。

寛容な民族性は日本人らしさでもあるが、安い労働力として受け入れた移民が被害者面をして権利を主張した時にどうなるだろうか?

それは在日朝鮮人への過去の日本人の対応を見れば分かる。

資本主義のグローバル化が引き起こそうとしている移民問題への日本国民の意識は、他の移民を受け入れた国家と比べると周回遅れと言える。

1周先を走りながらドツボに嵌っている国々を目の当たりしているのに、破滅に向かうレールを曲げようとはしない。

明確な移民に対する危険を感じている国民は、全体の5%にも満たないだろう。

寛容であるがゆえに声を上げない日本人が多く、そして更に問題なのは、国家や民族の未来に興味を持たず新聞やネットでも情報を収集しない層が多数存在する事である。

移民によって真っ先に利益を脅かされる層がそれであるにも関わらずだ。

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