武田砂鉄って誰だ?

武田砂鉄とはフリーのライターであるらしい。

彼は左巻きメディアのリテラに安倍政権の教育改革を批判する主張を寄稿しているのだが、このリテラというメディアは毎月のようにに複数のライターやジャーナリストらしき人物による教育改革への批判を掲載している。

リベラルや左翼の立場からすると、何としても阻止したい事案なのは理解出来るのだが…。

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思想統制、人格統制、教育格差化……安倍政権の「教育改革」が危険すぎる 2014.12.29 リテラ

それにしても「教育の危機」はこの20年、常套句として繰り返されてきたが、一体何をどう改善したがっているのか。

著者はその狙いが透ける典型例として2002年に文科省が策定した「21世紀教育新生プラン:7つの重点戦略」の広報パンフレット「危機に瀕する我が国の教育」にある4つの見出しを挙げる。

1:いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊、少年犯罪

2:個人の尊重を強調し「公」を軽視する傾向

3:行き過ぎた平等主義による子どもの個性・能力に応じた教育の軽視

4:これまでの教育システムが時代や社会の進展から取り残されつつあること

(1)は言わずもがな解決が必要だろう。(2)は驚くべき文言だ。なんたって、個人を尊重しすぎだから、それよりも公(=愛国心)を重視せよという。極めて露骨だ。

~中略~

安倍政権にとって「道徳の教科化」は第一次政権時代から続く悲願。

この長期政権の間に、教育改革はじわじわと、個人の尊重よりも我が国と郷土を愛する「公」を尊重せよという方向で突き進んでいく。

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「教育の危機」を訴え続けてきた成果が遂に実ると意気揚々だが、その勢いにこそ「教育の危機」を感じざるを得ない。

この問題に対する感じ方、考え方は人それぞれで構わない。

それは個人の生まれや育った環境に左右されるものだ。

しかし私はこの武田砂鉄の主張には全く賛同はしない。

■政治家や官僚も左翼教育で育った

戦後の国民の価値観は左巻きのメディアや日教組の個人主義に偏向した教育に支配され続けてきた。

その結果どうなったか?

公立の小中学校は規律を乱す生徒が増え、規律を守る側が不利益を被っているではないか。

個人主義が蔓延した社会では政治家は己の利益や保身を第一に考え、国民の血税を不正に流用、企業と癒着して己の懐を潤している。

官僚や民間企業のサラリーマンも組織の為、公の為よりも己の立場を守ることに熱心である。

ブラック企業とレッテルを貼られている企業の経営者も労働者を酷使し、自社の利益のみを追求する事に熱心である。

これらは道徳観や倫理観の問題ではないのか?

個人の利益を制限し、公の為に尽くすというの考え方の根底にあるのは「自己犠牲の精神」であり、近代日本の場合はその源流は「武士道」だ。

己の身を盾にして組織や部下を守る…経営者が考えなければならないことは企業の利益を確保する事だけではなく、社員の生活を守る事である。

同様に政治家や官僚は国家と国民の生命や財産を守ることが使命である。

安倍政権の推進する教育改革は、未来の政治家や官僚、企業の経営者を育てる側面もあると私は考える。

従ってこの教育改革は、今の個人主義にまみれた政治や官僚たちに成し得ない、国家に対する忠勤を実現する可能性を秘めていると言える。

戦後70年でここまでぶっ壊れかけた日本を再生するには、数世代かけなければダメだという事だ。

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