イスラム国への参加は戦後左翼教育の集大成


シリアでの戦闘に加わる日本の若者が増えている。

シリア戦闘:元自衛官が参加「政治・思想的信念なし」

戦場を意識したきっかけは小学校のときのいじめで、自分の存在価値に悩んだ結果、「極限状況に身を置いて生きる意味を問いたい」と考えるようになったという。

同い年の大学生がイスラム国に参加しようとしたとされ、警視庁公安部が捜査している事件については、「生きる意味が見つからず、戦場なら何かを見いだせると思ったのでは」と推し量った。

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動機は命を掛けられるべきものが日本には存在しないから、というのが大半の見立てである。

私はこれこそ戦後の日本弱体化を目的とした戦後の左翼教育の集大成であると思う。

「命こそ、生きることこそ最大の人生の目的」と説く左翼教育は、徹底的に国家の為、社会の為、組織の為に命を掛けることを否定してきた。

過去記事【教育勅語の復活を 自殺が1位はG7中日本のみ 若年世代の死因】

生きる目的は何か?と問われた時、我々日本人は何と答えるだろうか?

勿論、価値観が多様化した現代日本では様々な答えが返って来るだろう。

日教組による学校教育では、「幸せになる為に好きな事をやりなさい」というように私は教育されてきたと思う。

個人個人が幸せになるようにする為には、政治や社会はどうあるべきか?という議論は尽きないが、「幸せ」の基準そのものが個人の価値観によって大きく異なるのだから、中々難しい問いである。

労働環境や生活に不安というのが自殺の要因の上位となっているのであれば、それは物質的な豊かさ、つまり金で解決できる部分である。

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自分の思い描いたような収入が得られない、思ったような職に就けない、その為生活が苦しい、もしくは不安に感じる。

これが自殺の直接的な動機だろう。

つまり、物質的な豊かさを追い求める事が、日本人の最も重要な価値観となっているとも言える。

他文明の場合は、宗教を通じての信仰心や愛国教育による愛国心というものが強く国民の心に根付いている為、物資的な豊かさと精神的な豊かさのバランスは日本よりも取れている。

勿論、日本人にも神仏や先祖を崇拝する信仰心というものはある。

また、武士道という素晴らしい哲学もある。

生きる事の目的、意味を教えられずに我々日本人は戦後70年間を生きてきた。

これは明治維新や大東亜戦争での武士道を源流とした日本人の国家や地域、家族に対する強固な自己犠牲の精神を恐れた連合国や共産主義国家による日本の弱体化政策の一環である。

その策略の成果が実を結ぼうとしている。

個人の力だけで生きる事の意味を見出すことが出来る哲学を持った人間はごく僅かである。

それ故、人は宗教にすがるものであるが、日本は神道・仏教の信仰心と儒学の影響を色濃く受けた武士道という素晴らしき哲学を捨ててしまった。

宗教という面では武士道の消滅と共に創価学会やその他新興宗教にすがる者が増えている。

もう手遅れかもしれないが、日本人は歴史を学ぶことではなく過去の日本の偉人や哲人、そして一般の国民が何を思って生きてきたのか、歴史から生き方を学ぶ時にきているのではないだろうか。

今の流れを止められなければ、日本はこのまま滅びの道をまっしぐらに進むことになるだろう。

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