国民の価値観


政治的に右か左かを語る時に、経済や社会保障に関しても私は比較的右寄りだと思っているのだが、アメリカのように逆転不可能な社会格差を生み出すような政策には賛同できない。

私は庶民だが例え自分が富裕層であったとしても、そのような多数の国民が不満を抱く社会は、いずれ国家を滅亡に導くからである。

人間の普遍的な価値観は常に変化し続けるものであり、何が幸福であるかは時代や個人の考え方によって異なるのだが、一億層中流で戦後を乗り切ってきた今の日本人の価値観では、一部の富裕層と3~4割の中流以上の層、残りは貧困層となった場合、自らの価値観で望んで貧困層に留まっている者以外はおそらく自分は不幸だと感じるだろう。

しかし私個人の価値観で言えば、貧富というものだけで人の幸福感が決まる者ではないと思うし、金持ちでも心が貧しい人を知っている。

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江戸時代の農民が皆不幸であり、戦中の国民が幸福感を得る事が出来なかった訳でもない。

私の祖父は軍人であり、兄と弟を戦争で亡くし、その結果父母までも心労で相次いで亡くした。

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決して裕福な家に育った訳ではないが、青年将校として大陸に派兵された祖父は士官学校時代や戦時中が最も輝いていたそうである。

今でも母の実家には当時の写真などが残っているが、そこに写っている人々に悲壮感はまるでなく、みな意気揚々としているように見える。

貧しく厳しい時代ではあったろうが、そんな中でも生き甲斐を感じていたのだろう。

貧しかったとしても、国の為に尽くす事で幸福感を得られた、そんな時代の一般的な日本人の価値観である。

だがそんな時代の価値観に大半の日本人が戻る事はもうないだろう。

戻す事に対しては反対ではないが、今の政財界のトップに君臨しているのは己の懐を肥やして庶民に負担を強いる中華王朝末期の皇帝や官僚のような者ばかりであり、国民から信頼されていない彼らには日本人の価値観を変える事は出来ない。

国民の価値観を変えられない以上、社会格差の拡大は間違いなく多くの国民を不幸にし、国家としての安定性を揺るがす事に繋がるのである。

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