簒奪されるナイジェリア ボコ・ハラム

ナイジェリアのボコ・ハラムによる女子生徒誘拐は、貧困による反政府だけでなく、欧米文明の侵略に対する抵抗の側面を持っている。

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『ボコ・ハラムは西洋式教育だけでなく西洋文明、現代科学、特にダーウィン主義を攻撃している。』

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ボコ・ハラムとは何者か?

◆ボコ・ハラムとは何者か?

ボコ・ハラムはナイジェリアのイスラム過激派組織。ボコ・ハラムという名前には、西欧の学問は禁止、という意味がある。国の北東部に下部組織や分派が散らばっている。

10年以上前、ボルノ州の州都マイドゥグリで若いイスラム過激派たちが組織を結成。暴力的な反政府組織として台頭したのは2010年だ。

◆ボコ・ハラムの目的は?

ボコ・ハラムの目的はナイジェリア北部にイスラム国家を設立すること。

アフリカのテロ組織とつながりはあるものの、国外でジハード(聖戦)を実行するという野心はほとんど見られない。

西側の利害関係者が標的にされることはめったにない。

◆なぜナイジェリア北部で結成されたのか?

統治や汚職の問題、長引く経済的な困窮、格差の拡大が過激派組織の増殖を促している。

ナイジェリアのある聖職者はボコ・ハラムについて、“純粋なイスラム組織というより悪政に対する抵抗運動”ととらえている。

ナイジェリアは、15世紀のポルトガルによる植民地化に始まり、イギリスを中心とした奴隷貿易と植民地の拡大で、19世紀まで欧米の簒奪を受け続けてきた。

1960年にようやく独立を果たすが、他のアフリカ地域同様に欧米の都合で線引きされた国家の為、民族紛争が絶えない。

軍政から共和制に移行した2003年以降も、欧米の原油簒奪と賄賂や汚職により、庶民に富が分配されずに来た為、ボコ・ハラムのような反政府組織が台頭している。

特に1967年から1970年までの民族・宗教紛争(ビアフラ内戦)では、150万以上が飢餓や虐殺で命を落としている。

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ナイジェリアの原油輸出量は世界10位(2013年)で、1人当たりのGDPは1,692$となっている。

その40%が原油輸出によるもので、おまけに汚職で富が庶民に配分されない為、貧富の差が非常に激しい社会となっている。

ナイジェリアの石油利権は60%が政府、40%が外国企業で、そのほとんどがアメリカとイギリスである。

ブッシュ・チェイニーの石油利権政権の時には、アメリカは特に熱心にナイジェリアの政情の安定化に努め、アメリカが都合良く富を簒奪できる体制作りに邁進して来た。

簒奪国のスタンダードだが、掘削技術は教えず、資源だけを毟り取るやり方である。

そんな訳で、ナイジェリアでは民族や宗教間の対立だけでなく、政府や欧米に対する反感も高まっているのである。

今回の誘拐事件に対して、オバマ・オバマ夫人、アムネスティなども声明を出しているが、アフリカの混乱の原因を作って来たのは当の欧米国家である。

ナイジェリア軍、襲撃を事前に察知か 人権団体が告発

ナイジェリア・アブジャ(CNN) ナイジェリアのイスラム過激派「ボコ・ハラム」が女子生徒276人を連れ去った事件で、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは9日、ナイジェリア軍は少女らが連れ去られる少なくとも4時間前に、ボコ・ハラムが少女らの通う学校に向かっていることを知っていながら、適切に対応できなかったとする報告書を発表した。

~中略~

これに対し、ナイジェリアのジョナサン政権は、政府の対応は適切だったとし、アムネスティの主張を強く否定している。

何百年も前から、簒奪する側、される側は変わっていない。

それは簒奪する側が、される側が力を付けないように、あの手この手で封じ込めているからである。

もちろん、日本もその被害に遭っている。

近未来には考えられない事だが、仮にアフリカが束になってアメリカと同等の力を付ける日が来たとしよう。

何百年にも渡る簒奪と虐殺の歴史に対して、アフリカの人々はどう向き合うのだろうか?

怨嗟しか考えられない。

そんな日が永遠に来ないように、欧米は徹底的にアフリカを封じ込めているのである。

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