ニューヨーク州の新たな慰安婦碑

24日、米ニューヨーク州ウエストバリーで新たな「慰安婦」碑の除幕式が行われた。

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米東部、NY州 新たな慰安婦碑、建立 インドのレイプ事件と絡める

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最近、米国では慰安婦問題がナチス・ドイツによる「ホロコースト」(ユダヤ人大虐殺)や、インドで多発するレイプ事件と絡めて紹介される傾向にあるそうだ。

勿論主犯格は「韓国系米国人公共問題委員会」この方達である。

儒教文化民族には困ったものである。

慰安婦問題については全く解決の糸口が見えないのであるがどうすれば良いだろう?

「日本が謝罪すれば良い」などと言う方は流石にもういないと思いたいが…。

念の為、謝罪したらどうなるかを述べておこう。

まず、韓国人達のこの暴挙は、最近の日本の嫌韓感情を受けて発生している訳ではない。

バカクネ大統領が誕生していなくても、日韓関係が良好な状態でもこの暴挙は行われていた。

そんなものは関係ないのである。

wiki

『韓国系アメリカ人が住民の52%を占め、またジェイソン・キム副市長や議長も韓国系であるニュージャージー州パリセイズ・パーク市において韓国系米国人有権者評議会や「日本軍強制慰安婦追慕委員会」らが2009年8月から慰安婦碑の設置を計画し、2010年10月23日に公立図書館に、同市の主導で「日本帝国政府軍によって20万人以上の女性と少女が拉致された」と記された碑(慰安婦キリム碑)が設置された。』

約5年前から設置の計画があったのである。

朝鮮民族の卑屈で卑劣な民族性については、流石に紙面やネットのメディアでは頻繁に報道されているので、今更説明は必要ないだろう。

中国と朝鮮半島の文化が卑劣であると言う面で似ているのは「儒教文化圏」であったという共通事項があるからだ。

一方で戦勝国とは言え、大東亜戦争での無差別空襲や原爆により数十万の日本の民間人を虐殺したアメリカも法で裁く事は不可能なのであるが、間違いなく倫理的な面でから見れば

人道に対する大罪

を犯しているのは否定する事は出来ない。

日本だけでなくフィリピンでも150万人の民間人を虐殺している。

ネイティブインディアンに至っては、虐殺数は1000万人とも1500万人とも言われている。

慰安婦碑設置に当たり、チャック・ラビン下院議員は「私たちは(こうした出来事を)容赦しない」と言っているが、自分達の虐殺の歴史を棚上げしてどの口でそんな事をほざくのやら。

と、怒ってみても仕方が無いので冷静に考えよう。

儒教やキリスト教、イスラム教などを信仰する大陸の文明は、常に外敵の脅威に晒される厳しい生存環境の中で、周辺の文明と衝突を繰り返し「神の意思に従えば、異教徒は虐殺上等」という教義になった。

異教徒であるだけで殺しても奴隷にしてもノープロブレム、いや、同じ宗教を信仰する民族でも人種が違えば人間扱いしなくても良いという宗教なのである。

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いやいや、白人のキリスト教徒同士で、宗派の違いにより盛大に殺し合いをした「三十年戦争」という、カトリックvsプロテスタントの戦いでは死者は400万人も出ているのである。

つまるところ、自分の信仰の為なら何でも許される人達なのである。

一方で日本の場合は2,000年程度の長い時間をかけて、縄文人と弥生人、その他大陸や南方の民族がゆっくりと同化を進めながら、世界的な基準から見れば大きな戦乱は限られていた。

そして宗教は多神教である神道と大陸伝来の仏教が混ざり合い、排他性の薄いものとなって広まっていった。

外敵の脅威に晒された期間は元寇時などに限られており、日本人は非常に穏やかな国民性となったのである。

…という事はだ。

世界的な常識から見れば、特殊なのは日本人の方なのである。

日本人は明治維新以降、「欧米=進んでいる」と認識し、戦後もアメリカは自由の国で進歩的であると擦り込まれて来た。

実際アメリカは1965年まで黒人に参政権を与えなかった差別大好きの国である。

「欧米=自由で先進的」という考え方は幻想なのである。

孫子の兵法に「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」という言葉がある。

中国やアメリカ、そして一見すると己の力量を見誤っているように見える韓国でさえ、これは充分認識している。

日本の実力、そして韓国の実力を分析した上で正面から渡り合えない事を理解している故の卑屈な戦略なのである。

そして世界は日本の異常なお人良しさと、それと表裏一体になっている、緊急時の恐ろしいまでの国家・組織としての強さを明治維新や大東亜戦争、高度経済成長で目の当たりにした。

本音を言えば、世界は恐れているのである。

日本が本当に覚醒する事を…。

だからアメリカは日本から自衛能力を奪い飼い殺しにしているのだ。

今の日本人の大半は、敵も己も知らな過ぎるのである。

国際社会は弱肉強食の世界である。

これを否定してたのがマルキスト達であり、今やその考えは現実には通用しない理想論であると証明されている。

ならば国際社会で生き残って行く為には何が必要なのか?

敵を警戒させずに「富国強兵」を成し遂げる事である。

…なのであるが、これは独裁体制ならまだしも、今の日本の民主主義体制下では無理なのだ。

1.いつまでもアメリカの核の傘に守られたまま、言いなりになる方が良いのか?

2.それとも、国際社会と対立し、国民が犠牲を払ってでも自力での国防を目指すのか?
この二つしか選択肢はない。

政治家に対して、国際社会やアメリカとも揉めずに、日本の主権を取り戻せというのは無理な話なのである。

「出来るだけ揉めないように、出来るだけ多くの主権を取り戻す」という漠然とした表現の要求になるのだろうが、明確な基準がないのであるから、政治家の評価というのもメディアの論調で形作られた周囲の雰囲気、個人の感情に頼りがちになるのである。

私の考えは「国際的社会やアメリカと揉めても良いから日本の主権を取り戻せ!」である。

それが実現するなら、自分の生活が苦しくなっても構わないのだ。

日本は思想・言論の自由が認められているから、何を考え、発言しても自由である。

「お金よりも、命よりも大事な物がある!」

「武士は食わねど高楊枝」だ。

実は日本の強さの秘密はそこにあったのである。

武士道の復活なくして、日本の復活なし!

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