金子快之札幌市議のアイヌ発言で続く袋叩き


「アイヌ民族はもういない」と金子快之札幌市議がツイッターで発言した事で、マスゴミによる金子市議の袋叩きが続いている。

このような既得権益を持つ「社会的弱者」とされる人々に対して批判的な発言をすると決まってこのような展開になり、言論が封殺されるのだが、今回の金子市議の発言は「民族の定義」にかかる部分で物議を醸している。

<「アイヌいない」発言>市議に撤回と謝罪促す 自民会派

「民族」の定義については諸説あるのだが、狭義の「民族」で言えば「文化、言語、生活様式などの特定の要素を絆として共有する集団」である。

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この括りでアイヌを捕らえた場合、アイヌは「文化、言語、生活様式」を維持せずに日本人と同じ「文化、言語、生活様式」に同化しているのだから民族としては消滅していると言える。

一方で「帰属意識を持てば民族として成立する」とする向きもある。

「アイヌいない」発言:識者「帰属意識あれば民族存在」

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この主張を正とするならば、帰属意識は個人の自由であるから、例えば東北出身の父と九州出身の母を持つ私が、「私の帰属意識は父親の出身である東北地方の「蝦夷(えみし)」であり、山と民族とは異なる意識を持っている」と言えば私は大和民族ではなく「蝦夷(えみし)」であると言う事がまかり通る。

蝦夷は長い年月をかけて大和民族の侵略を受けつつ、同化を進めてきた。

だから「私は大和民族から保障を受ける権利がある」と言うのも自由である。

まあ、こんなくだらない事はどうでも言いのだが、問題は近年大和民族と同化した民族が差別を受けて社会的に不利益な立場にあるかどうかである。

保護容認派による過去の経緯の説明はマスゴミに取り上げられまくるが、その真相、つまり在日外国籍の者がアイヌ利権を利用して甘い汁を吸っていたり、過剰な保護が逆に被保護者の生活力を奪っている事実を地上波が取り上げる事はない。

グダグダ言うなら各マスゴミが総力を上げて、ガチンコでアイヌ問題を調査してみなさいよ。

マスゴミは問題の本質に触れられない為に、問題をすり替えて批判するのである。

何でもかんでも「ヘイトスピーチ」とレッテルを貼るのと全く同じなのだ。

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