中流の生活を蝕む移民

イギリスでは移民排斥を公に訴えられる環境に少しずつ変わって来ている。

それは移民の弊害を中産階級が痛感しているからである。

移民問題が「タブー」でなくなったわけ

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個人的にひどいと思ったのが、移民の大量流入についてイギリス人に民主的選択が与えられていなかったことだ。選挙の際のマニフェストにも記されないまま進められ、今や廃止もできなければ制限も難しい政策になってしまった。

ブレアとブラウンの労働党政権下で移民は野放し状態だった(内務省は合法的な移民の数も不法移民の数も、滞在者数も把握していないことを事実上認めている)。

~中略~

■膨らむ中産階級の不満

最近、労働者階級より上の階層も移民のマイナス面を感じ始めていることに僕は気付いた。

中産階級の若者(35歳未満)の多くは(生まれながらの権利と信じて疑わなかった)ロンドンの住宅を買うことができなくなっている。

貧しい移民が多くの公営住宅や安い賃貸住宅を占拠する一方で裕福な駐在外国人はロンドンの不動産を投資対象として買い占め、肝心のロンドン市民が締め出されている。

僕にはロンドンの一等地にすばらしい家を所有している友人が2人いる。

2人とも自分の子供を地元の公立学校に通わせるつもりだった(2人とも公立学校出身だ)。

でも下見したところ、さまざまな国から来た移民の子供たちで教室はあふれかえっていた。

イギリスに来てまだ日が浅く、英語が母国語ではない子が多いので、1、2年生のクラスは英語を教えることで精一杯になることが分かった。

ということは、友人の子供はその期間を無駄にすることになる。2人とも、大金を掛けて私立学校に通わせるしかないと感じたそうだ。

長年のあいだ、文化摩擦に苦しんできたのは貧しい地域の人々だった。

高齢のイギリス人の団地住民は、次第にサリーやブルカ姿の女性に圧倒されていった。

それが今では移民の規模はこうした地域を超えて拡大する一方。

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小さな町や村では新入りの移民が曜日構わずごみを捨てたり、(あえて国名を挙げれば)ポーランド人の若者が夏に毎日、庭先で母国語でラップをがなりたてていたりする。

今になって移民を疑問視してもいいという政治家が出てきたのはなぜか。

彼らがたいして気にかけていない「一般大衆」だけでなく、政治家と付き合いのあるそれなりの階層の人々にまで、移民問題が影響を与えるようになったからではないだろうか――そんなふうに強く感じるのは、僕が皮肉屋だからだろうか。

『移民の大量流入についてイギリス人に民主的選択が与えられていなかったことだ。』

これは日本でも全く同じである。

民主党~自民党政権下で一貫して推し進められている移民政策は、結果的に「移民」増加を推進しているにも関わらず、国民にはあくまでも一時的な労働者の受け入れであると説明されている。

いつの時代も権力者とは庶民を上手く騙すものであり、その方向性が間違っていないならば大きな問題にはぶつからないが、敗戦以降の日本の政治家は、常に国民を騙し、日本国民を貶める政策ばかりを推進してきた。

これは日本を恐れる欧米や中韓の息の掛かった者達が、政財界の中枢に入り込んでいるからだ。

このブログでは何度も繰り返しているのだが、日本の強さとは皇室を最高の権威と戴く民族としての一体感であり、貴族による摂関政治にしろ、武士による幕政にしろ、明治政府にしろ、それは最高権威である唯一無二の皇室のお墨付きがあってこそ成り立った政治権力である。

日本人の中に皇室を尊ぶ精神が生きている限り、例え内乱になったとしても大陸の王朝のように全王朝が滅亡し、それ以前に蓄積された文化が破壊される事はない。

それ故、欧米や中韓は、連綿と蓄積されてきた日本民族の精神性や文化に基づいた底力を恐れて日本を表と裏から破壊しようとしているのである。

移民の推進は日本民族の滅亡には効果覿面である。

移民は急激に増殖し、日本の文化が移民の文化に置き換わるだろう。

既に精神面では創価学会や統一教会、その他心もう宗教などに徹底的にコントロールされている者達が多い。

移民政策以前から不逞在日外国人たちにより、日本人の精神は侵されているのに、これ以上他国の文化や宗教感を受け入れてしまえば、間違いなく日本は北東アジアの多民族経済軍事大国になる。

残念なのは、我々日本民族の姿が消えているかも知れないということだ。

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