ウーマノミクスに騙されるな (1)


女性が社会に対して出来る最大の貢献はなんだろうか?

それは企業に貢献する事でも、日本のGDPを向上させる事でもなく、出産して子供を常識ある大人にする為に育児に力を入れる事である。
何故か?

それは単純で男性に出来ない事だからである。

一見難しい命題に感じるが、極端な例を挙げれば分かり易くなる。

スポンサーリンク

全ての女性が出産・育児を放棄したらどうなるかを考えれば良いだけである。

それは民族として以前に、種としての滅亡を意味する。

人類が終了なのである。

実際にはこれが進みすぎた民族から滅亡していくという事になる。

では、次に女性が結婚して出産まではするが、子供を託児所に預けるケースを考えてみよう。

全ての女性が子供を託児所に預けた場合はどうなるのか?

これは経済的な面と子供の精神的な面を考える必要がある。

1.共働きで子供を託児所に預けるケース

両親の収入によっては、共働きの場合ならば託児所費用は充分ペイできるかも知れない。

労働生産性だけを考えた場合は、託児所に預ける側の女性の生産能力と、託児所で子供を管理する時に必要な労働コストが比較の対象となる。

女性一人が一人の子供の育児に専念した場合と、託児所で一人の職員が複数の子供を管理した場合のコストは断然後者が少ない為、生産性のみを追求すれば子供を託児所に預けて女性が育児に専念した方が良いと言う事になる。

では、最高の教育を施してくれるという前提の託児所・・・つまり一対一で子供の面倒を見てくれる高級託児があったとしよう。

昔でいうところの乳母のような存在があるという前提だ。

この場合、乳母への報酬はどの程度になるのだろうか?

社会的な平等を謳うのであれば、この乳母への労働対価として支払われる報酬は、預ける側の父親および母親と同等の時間あたりの給与でなければならない。

しかし、これでは子供を預ける経済的な意味がないので仕組みとしては全く成り立たない。

スポンサーリンク

打開策は複数の子供を一括管理して効率化をするか、職員の報酬を下げるか、もしくはその両方を同時にやるかである。

現状の託児所はその両方をやらない限り経営が成り立たない。

つまり、安倍政権の掲げる・・・いや戦後日本に入り込んだ欧米的な女性の社会進出こそ先進的という価値観は、以下の犠牲を全く考慮ていない自滅の価値観である。

①親が育児をおろそかにして、託児所でも子供がほったらかしになる。

②預ける側、預かる側の社会格差が拡がり、望むと望まざるとに関わらず、女性の中でも社会で稼ぐ能力に特化した者しか評価されなくなる。

これが極度に進んだ場合どうなるか?

百歩譲って、国民が以上に結婚し出産をする前提で考えたとして、日本人女性は社会進出に専念し、育児は放棄、中国人の託児所職員が子供を管理する事になる。

女性の中でも格差が広がり、一部の適性のある女性だけが自分の自由を勝ち取る。

大部分は子供を中国人の働く託児所に預けて働かなければ生活が維持出来なくなる為、育児をしたくても出来なくなるだろう。

つまり、社会進出と育児を選ぶ選択の余地すら無くなるのである。

ウーマノミクスを進めるとはこういう事だ。

男女間の区別を撤廃し、ジェンダーに関わらず社会での適性に応じた差別を拡げる。

男女平等を声高に訴える者は、実は究極の差別社会を実現させたいのである。

それ以前に結婚・出産が減り、離婚も増える筈なのでこの通りにはならないが、百歩譲ったところで人口が増えるという前提に立った場合ですらこの結果になるのだから、如何に欧米が政府を操り、政治家とマスゴミが国民を騙そうとしているかに国民が気がつくべきなのである。

真の差別主義者に騙されてはならない。

スポンサーリンク

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ